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 ◆=シリーズ= 米国型人事評価と日本への示唆 【第4回】 米国における業績評価の展開と現状

ドラッカーはファンでなくても無視できない

最初に断っておきたいが、人事分野の関係者に親しまれているドラッカーは個人的にあまり好きではない。主要な著作は読んでいるが、あまり共鳴しない。理由は、あまりに預言的であり、独特の文明論も切り方が大雑把な印象を否めないからだ。また実際の社会への危機感はどこか社会に対する怒りのようなものから由来するところがあり、ど、も違和感を禁じ得ない。ところが、同じような仕事をしている、いわゆるコンサルタントでも、経営者や実務家でも、この人に心服しているとさえ思える人が多い。ただ、日本では出せばベストセラーになるドラッカーも、欧米ではさほど知名度が高いとは思えないし、米国のHR系のテキストや文献にもほとんどリファレンスされていない。今回はその点を探りながら、米国の業績評価を考えてみたい。

まず、ドラッカーは、おびただしいビジネス書の著者であると同時に、日本でもはやりのMBOの創始者である。人事評価でいえば、「目標管理型業績評価」の主要な理論家として奉られているお方である。なかには、米国におけるスタンダードなHR系の指導者と思っている人もいるだろうし、いても不思議ではない。しかし、そうではない。また結果重視の業績評価には問題が多いというのが米国における共通認識であることも指摘したとおりである。ドラッカーとかかわりのありそうなところで想起できるのは、ラザムとグローテであるが、いずれも業績評価における大御所といっていい存在である。

産業・組織心理学の業績評価の分野でキーマンといえば、ラザム(Gary Latham)が有名で、彼はカナダの心理学会の会長だったこともある。最近では状況インタビューに関心を寄せているが、日本でも注目度の高い目標管理や目標設定の効果に関する研究や、業績評価と生産性に関する研究でも著名である。とりわけ、 “Increasing Productivity Through Performance Appraisal”(1993)はこの領域では必読の文献になっている。ラザムは、「従業員の生産性に対する業績評価の重要性」(The Importance of Performance Management to Employee Productivity)と題するコラム(カナダのHR.comというサイトに掲載、2002年)の中で、次のように指摘している。

ドラッカーが強調していた「行動」(注:業績)は、不満を持つ従業員との訴訟問題を最小限にすることをねらって特性スケールが放棄されるにしたがい、ほとんど注目されなくなった。その代わりに、従業員の業績/行動に注目することに関しては、目標管理(MBO)によって、「最終結果」、カウントできる尺度を強調することで容易に織り込むことができた。組織の有効性に対するそのような手段の関連はほとんど疑う余地がない(従業員の行動と結果重視を関連付けることには意味がある)。しかし、最終結果の評価基準(例えば、稼得した収入やコストの削減)は、担当者のコントロールを超えた要因に影響されるだけに、多くの場合、行き過ぎたものとなった。

ドラッカーの1950年代の著作である『現代の経営』では、仕事の成果そのものが問題であり、それ以外のことを問題にすることは人権侵害(usurpation)であり、権力の濫用だとさえ言っている。「パーソナリティなど関係ないのであり、ロイヤリティも愛も態度も関係ない。あくまでも業績が問われるだけなのだ」とする英文は、後に紹介するグローテにそのまま引用されている。

なお、ドラッカーのいう「行動(behavior)」は、語感的には「業績」とか「実績」に近いように思う。ときどき、経済のビヘイビアーというが、その場合のビヘイビアーに近い。

結果さえ出せばという主張は、もとよりクリアなもので、業績についての恣意的な操作や組織内政治によるお手盛りや不当搾取、また実績とは関係のない要因での登用など多くの問題を糾弾しており、納得感がある。しかし、現実には、担当者としてどうしようもないことで果てしない責任追及がネされていることも実情であり、日本でも企業を著しく内向きにしているのではなかろうか。ラザムはこのことを端的に問題にしている。


グローテの業績評価論はひとつのスタンダード

アマゾンなどのオンライン書店でみると、業績評価の分野で最もよく読まれているのはグローテである。彼は、テキサス在住のコンサルタントで、評価技法についての具体策を詳しく解説している。『業績評価完全ガイド』なる大著もなかなか親切なよい本だが、QA集も好評のようだ。ある雑誌では戦後におけるHR分野でのキーマン80傑を挙げていて、グローテはその19位になっているという。グローテはGE出身で、GEはドラッカーの影響を受けてMBOを早くから入れた会社でもあるので、グローテはドラッカーについて敬意を表し、業績評価において重要な理論家として位置付けている。

グローテは、『業績評価完全ガイド』の第1章で記念碑的な記事として幾つかの事例を紹介している。その冒頭はマクレガーで、『ハーバード・ビジネス・レビュー』に載った記事「業績評価への気がかりな視点(“An uneasy Look at Performance Appraisal”)」(1957)を引用している。そこには業績評価プログラムの目標として次のように書かれている(該当箇所を永井が翻訳)。

業績評価の目的とは次の三つで、一つは組織のためのもので、残り二つが個人のためのものである。

1.業績評価は、昇給、昇進・昇格、異動、時には降格や解雇をバックアップする系統的な判断を提供する。
2.業績評価は、部下に、どうすればいいのかについて語り、また職務行動や態度、スキル、職務知識などで要求されていることについて示唆していくという意味を持っている。つまり、上司の下では自分がどこにいるのかを知らせようとしている。
3.業績評価は、コーチングの基礎になってきているし、上位者からのカウンセリングの参考にもされてきている。

この記述は今読んでも非常に新鮮な感じがする。なお、マクレガーは、『企業の人間的側面』という著作があり、これは非常に大きな影響を与えたものである。第2次世界大戦以前は、業績評価といえば、目標に対する到達状況や成果を生み出した職務行動よりも、個人のパーソナリティや特性に関する評価に偏っている場合がほとんどだった。

戦時中から幾つかの企業に影響を与えたのがピーター・ドラッカーのMBOである。それは、人間の特性についてのアセスメントから、目標設定に焦点を置いた方法の開発へと移行させた。部下に責任を負わせ、業績プロセスで部下と上司が責任を分担し合うようにした。マクレガーは、このような考え方をGEやゼネラル食品などの企業に導入した。管理者の役割も、セラピストとか心理学者の役割を期待するのではなくて、コーチに徹するものと議論された。

この記述を読むと、ドラッカーの実務的な後継者としてマクレガーがいて、企業での実践に寄与したと読み取ることができる。その成果の一つであるGEではどうだったのか。 GEでは、業績向上につながるコメントの仕方について、動機付けの観点で研究が進められた。

■批判することは、目標達成にネガティブな影響を持つ
■称賛することは、ワンウェイに行ってもあまり効果がない(ほめても無駄?)
■業績は、ある目標が達成された時、最も向上する
■批判的な評価から起こる防衛は、業績を粗末なものにしてしまう
■コーチングは、日々行うべきもので、年に1回のことではない
■相互に目標設定すると、業績が向上する
■業績を向上させるために初期設定された面談/インタビューは、同時に昇給や昇進についてバランスよく行うべきではない(つまり、別々に行うべきだ)
■目標設定の手続きに社員を参加させると、好ましい結果をもたらす

この記述も当たり前のようでできていないことが多い。本稿を書いているとき、たまたま依頼のあった会社の朝礼に参加した。この会社は、不況下でも年率2けたの急成長を遂げ、元気な会社なのだが、時には1時間にも及ぶ朝礼は実績数字が中心で、そこでは、「徹底追及型マネジメント」が行われている。これは、GEの研究からいえば、効果的ではないのかもしれないが、日本の多くの企業ではそうなのではないだろうか。ただ、このような軍隊型組織を否定することヘできず、その効果性を否定し去ることはできないと思われる。

日本でMBOが成功しない理由は、動機付けという観点でこの仕組みが確立されたということを見失っているためではないだろうか。多くの企業をみていると、せっかちで、意欲を向上させることを通じて業績向上に自然と向かっていくというのではなく、結果が出ないのでイライラして怒り出し、言いやすい部下に、それをぶつけていくという激昂かんしゃく型の、はけ口的な対話となっている。組織ヒステリーみたいなもので、部下のほうも話し合いとか自主性という言葉が飛び交うだけに一層白けてしまうのかもしれない。

グローテの本を読み進めていくと、ゼンケ(Ron Zemke)のコメント(1991)が紹介されている。この人は、編集者(ASTDの出すトレーニング雑誌の編集者)としても有名だが、 HR系の著述家としても有数の人で、現在はミネアポリスでパフォーマンス・リサーチの代表として活躍している。そのコメントは、「業績評価は意義のあるマネジメント・ツールになっているということが共通認識ではあるが、盛んに客引きをしても(highly touted)、実際に業績の向上になるというプロセスが十分に明らかにされたわけではなく、その証拠は驚くほど乏しい」(原文より永井訳)という皮肉たっぷりのものだ。しかし、実に本質をずばり言い当てている。日本でもMBO+業績評価で効能は強調されるが、どういう効き目のプロセスがあるのか、明らかになっていない。

次にラザムの研究が紹介されるが、ラザムは、目標設定がどういうからくり(=プロセス)で効果を発揮するのかを示したこの分野の大御所である。まず、イバンスビッチとの共同研究では、シニア・マネジメント層のサポートなしにMBOシステムは成功しないと強調している。うがった見方をすれば、人事部門が人事制度の一環でMBOシートを配布し旗振りしてもあまり効果がないということである。

またロック(Edwin A. Locke)との共同研究(1984、単行本は1990)では、目標設定に関して次のような結論を導いている。

■特定化された、挑戦的な目標は、「ベストを尽くせ」のような安直であいまいな目標よりも、よりよいパフォーマンスを導く
■最も上手でやる気を喚起する目標は二つの特徴を持っている。第1には、可能な限り特定化されていることで、期限付きであることが望ましい。第2には、目標は、チャレンジングだが、到達可能なものであることが望ましい
■目標志向のパフォーマンスについてのフィードバックは、より高い目標の設定を導くときだけ、より高いパフォーマンスをモチベートする
■ポジティブなフィードバックは、達成感、承認の感覚を与える
■フィードバック自体は、業績を向上させるわけではなく、業績管理システムが不在なら、効果はない
■任命され参画的に設定された目標は、実質的にパフォーマンスの向上を導く。困難な目標を設定するようにしていくという程度においてのみ参画は重要となる
■競争は、目標にコミットするように励ますという意味で生産性向上に影響する。競争的な雰囲気は、直接にはパフォーマンスをモチベートしない。しかし、目標を受け入れるように説得はするし、なんとかやり遂げようと駆り立てることにはなる
■生産性は、管理者が特定の生産目標を設定し、労働者に注意を払い、支援していく場合、明らかに向上していく

このまとめは、ラザムのMBO論のエッセンスといえよう。端的にいえば、競争的な環境で目標の受け入れをさせやすくするが、競争をあおっても逆効果で、より困難でストレッチな目標を設定させることが大事で、業績管理が仕組み化されていて、明確な(=特定化された)目標をモ識させることでパフォーマンスが向上し、生産性も改善されるというのである。

またDDIとSHRM(米国人事管理協会)の共同研究(1993)が紹介されている。DDIは、アセスメント系のシンクタンクとして有名で、バイアム(Byham)らが創設した機関である。業績管理が成功するには、幾つかのポイントがある。

■組織としてのレディネス(準備):トップマネジメントの関与など
■システムの統合:組織目標とシステムの統合で両者の連動(Alignment)が必須。個人、チーム、部門の目標が戦略や価値とリンクしていないといけない
■トレーニング:対人的なスキルやコーチングスキルが必要
■評価:業績管理システムは、管理者が責任を持つときに最も効果を発揮する

次に、ブレッツとミルコビッチの研究(Bretz and Milkovich,1994)がある。これは、業績評価システムに反感を持つ理由についての研究である。

■オーナーシップ:当事者意識と訳すべきか上司である管理者も部下も仕組みの一部ではないという感覚をどこかに持つと指摘されている
■悪い知らせ:上司は、部下にネガティブなことを知らせたがらない
■逆効果:悪いレビューをすることは、キャリアに逆効果となる。上司は、よくないことを書き留めて記録することに抵抗する
■少ない報酬(褒美がない):真剣にやっても報酬はなく、非公式にはまったくない。好まれないメッセージを出さないほうが無難と考えられる
■個人的な反省:上司は、好ましくない評価をためらうが、それは、自分の評価能力に部下が疑問を持つことを恐れるからである


業績評価は何のためにやるのか見失っていないか

最後に業績評価に関するドラッカーへの疑問について端的に私見を述べておきたい。ラザムは、結果重視が行き過ぎとなると指摘しているが、その理由は、個人のコントロール(裁量)の限界から来る。このことは、BSC(バランスト・スコアカード)における代表的な理論家であるブラウンによっても指摘されている。ブラウンは、業績評価をするうえで、まず統制可能性を重視すべきだと指摘している。

日本では、この小論を読んでいるすぐ横でも、担当者にはどうしようもないことをめぐってその業績の不振や低迷を激しい口調で責め立てられている。個人的な経験で恐縮だが、昔、メーカーに在籍したとき、数日の休暇を取って支店に戻ると、血相を変えて先輩社員がやってきて、「どうするつもりだ?」と激昂した。私はもちろん、なんのことか分からず驚いたが、聞いてみると、担当地域の数字のことだった。調べてみると、その前年度が山間部の道路工事などで数量増になっていたのが今年はなくなり、元に戻ったということだった。正直、山間部の道路工事は気まぐれなもので、担当者としてはどうしようもない。しかし、先輩-後輩の関係が濃厚な時代で、平身低頭、 「誠に監督不行き届きでございまして不徳の致す限りで仕り候」と詫びに詫びたが、反省が足りないとこっぴどく糾弾された。似たような経験は営業部門にいると、多いのではないだろうか。
業績評価は、業績向上のために行うもので、それは社員のモチベーション管理と関係しているものだという原点に帰って反省してみる必要があるのではなかろうか。



参考文献
①Dick Grote “The Complete Guide to Performance Appraisal” Amacom 1996
②Dick Grote “The Performance Appraisal Question and Answer Book” Amacom 2002
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