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◆=シリーズ= 米国型人事評価と日本への示唆 【第2回】 360度評価は切り札となるのか |
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日本におけるコンピテンシー評価の現状
日本ではコンピテンシーのモデル化がブームになったが、導入企業の多くが運用で困惑している。例えば、元ヘイグループの重田孝夫氏は、「コンピテンシーを作っても採用に使う程度であって現場でほとんど活用できない」とコメントしているし、筆者が導入企業に話を聞いてもそ、いう声がほとんどだ。作成されたマニュアルが配布されても、実際のところ、何に使うのか、現場の管理者には分かりにくい。その評価方法である行動インタビューにしても360度評価にしても、ともに煩雑で厄介なうえ、面倒であって、とりわけ360度評価には現場の抵抗も大きい。
360度評価は、多面評価とかマルチレーターともいわれ、日本でも注目されてきている。いわゆるコンサルタントの書いた本を読んでいくと、コンピテンシーを導入すると、行動インタビュー(BEI: Behavioral Event Interview)を行って評価するのが「本来的で最も正しい」やり方であるが、それは時間が掛かるわりに面倒なので、360度評価で代替することになると説明するものが結構ある(アンダーセンの『コンピテンシー・マネジメント』やMercer “Competencies Performances and Pay”など)。
行動インタビューは今日、人事評価の技法として最も重要な地位を占めてきているし、研究も進んできている。しかし、スペンサーのいうやり方(出来事への行動インタビュー)では社内展開することはかなり難しい。具体的には、過去の成功体験、失敗体験をヒアリングし、そこでの行動を記述しコンピテンシーと突き合わせていくが、このようなヒアリングは1人3時間程度を要するし、的確に評価するには相当訓練を経た人でないと難しい。そのため、日本でも実施事例は少ないうえ、十分に満足している導入事例はほとんどない。うがった見方をすれば、日本では行動インタビューをトレーニングできるコンサルタント自体がほとんど実在しないという実情から多面評価が推奨されてくることになる。実際、海外送金するロイヤリティーの多い外資系コンサルティングファームでは、トレーニングでは採算が取りにくい。
ところが、多面評価は、部下からの評価(upward feedback)が加わることに対する抵抗が強い。とりわけ、コンピテンシーを最初から業績評価と並ぶ処遇決定の評価基準としてしまっている以上、部下の評価で処遇が決まることへの抵抗はますます強まる。日本では、対等に意見を述べるということはまだまれで、上位者のいうことを唯々諾々と聞き、下位者はそれに従うという長幼の序という規範が残っている。
実は、多面評価は、1970年代に日本で佐野勝男らの研究グループが行ったものが世界的にも先行事例であると若林満は指摘している。しかし、こういう先見的な取り組みも定着化することなく、いつの間にか忘れ去られてしまった。なお、アーモッドのテキストに引用されている日本人の論文はわずか二つだけで、一つが若林氏のものである。
金井寿宏は、日本人で組織研究の分野で被引用回数の多いのは、若林満、南隆男、野中郁次郎だとしている(『働く人のためのキャリアデザイン』)。実際、野中氏の研究はHR系の文献をみていても、唯一といっていいくらい、頻繁に出てくる。南氏は、人事アセスメント分野で米曹ナも評価されているが、日本では第一人者である。
米国では行動インタビューや多面評価、360度フィードバックはどうなっているのだろうか。
米国人事評価における360度評価の現状
米国人事評価において、360度フィードバックないしマルチレーターはホットなイシューとして今日でも大きなテーマとなっているし、この数年、単行本や雑誌での記事など出版物も増えてきている。
グローテは、360度フィードバックに関して、興味深い記述をしているが、その記述は業績評価の箇所ではなく、「能力開発」を論じた章にある。
Over the past few years the literature on 360-degree feedback has proliferated,and every organization has by now discover it. No personnel journal or magazine worth its salt can go more than three months without running another laudatory story touting multirater feedback’s ability to solve all performance appraisal woes.No language is too immoderate to describe the potency of this latest organizational panacea.
この数年にわたって、360度のフィードバックに関する記事は増えてきて、今ではどこの企業でも目にしている。その価値が刺激であるのだとして絶賛する話を3カ月と空けず各人事系の雑誌やジャーナルは採り上げていて、マルチレーターによってあらゆる業績評価の悩みを解決することができるとうるさく推奨している。組織につけるこの究極の万能薬の可能性には適切な言葉もないほどだ(永井隆雄訳)。
360度フィードバックは、あらゆる業績評価に関する悩みを一気に解決する、取って置きの手段として人事系雑誌でも頻繁に紹介されていることが皮肉っぽく指摘されている。しかし、長ったらしく面倒くさい(lengthy anonymous)質問項目への回答は、確かに有意義だが、項目作りや項目数をどうするかが問題になる。
では、どのくらいの質問数になるのか。最も少ないものはプラット・フィットニーの19項目で、最も多いのがウイリアム・スタインバーグの500項目である。既製品は、ODTのプライムサーチが50項目、PDIのプロファイラーが135項目、CCLのベンチマークが156項目、同じくCCLのスキルスコープが98項目、ヒューマンサイナジクス社のスタイラスが240項目である。
グローテは、この章で逆境によって経営層が育ってくるというロンバードとエイシンジャーの研究を紹介し、彼らが開発したボイス(Voices)というマルチレーターが各社の商品群の中でお勧めであると推奨している。この2人は、もともとCCLの研究員だったが、現在はロミンジャー社(lominger)というアセスメントツールの会社を営んでおり、ここの出すコンピテンシー・カードは日本語版もあり、有名である。このカードを使って手軽にコンピテンシーが作れるというセッションがASTDで数年前実施されたこともあるほどだ。なお、ロンバードは、日本でも多少注目されているディレールメントを最初に提唱した人で、エイシンジャーは、研修やトレーニングではコンピテンシーの開発は難しく、特命による実務経験でこそ形成されるという立場を取っている(同2章)。
エドワーズの文献は、360度評価に関して米国で最もよく読まれているものの一つである。同書によれば、米国では、管理範囲の拡大(部下の数の増加)、ナレッジワーカーやプロジェクト型の組織の増加などに加え、監視型の組織デザインからチーム方式への移行などの構造変化で、上司が部下を監視し評価キるという単線的な方式では不十分となってきたという。組織文化を変革するには、参画型のリーダーシップ、エンパワーメント、顧客サービス、品質向上などを促す評価、コンピテンシーに基づく報奨(Rewards)やチームベースの報奨が必要となってくる。キャリア開発はもちろん、報酬の決定、業績の測定、ローパフォーマーの確定などあらゆる要請にこたえるものとして、360度評価に意義があるとしている。コンピテンシーとは、組織のDNAであり新たなアドバンテージをもたらすものである。必要となってきているチーム文化の確立とともに、その仕掛けになるのが360度フィードバックということになってくる。
ただし、エドワーズが紹介されている調査(ローラーやバーナーディン、ラザムなどいわゆる報酬論の著名理論家)の結果では、95年時点で業績評価とからめた導入事例はわずか6%であって、あくまでも能力開発に限定するという見方が示されているという。同様の指摘は、ルシアとレプシンガーの文献にもみられ、人事リストラのために360度フィードバックを活用すると失敗する・・・・・・とある。
アーモッドは、テキストの第7章で、マルチソースに言及している。上司は本人の職務行動のうち30%程度しか観察できないので、より正確に評価するには、観察情報を補完しないといけなくなるとある。また97年時点で全米の13%の企業が360度フィードバックを採用している(Gruner 1997)という。上司と他の評価者の評価が一致する人は概してパフォーマンスがよく、そうでない場合は逆とも報告されている(Witt 1996)。また評価者間の相関性については[別表]のような調査結果が紹介されている。
この調査結果をどう読むかは難しいが、人が人を評価することは一致しないことのほうが多いといえるだろう。どちらが正しいかなんともいえないが、部下の評価に関して決定権があるのは一般に上司である。しかし、ある上司の評価は、正しいと思って付けていても、他の視点でみれば2~3割しか一致しないということになる。
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バーナーディンとビーティは、90%以上の業績評価が上司によってなされていると指摘し、上司が最もよき評価者ではあるが、その上司は仕事の結果しか知ることができないと指摘している(Bernardin 1984)。実際の職務行動を最もよくみる機会があるのは同僚である。しかし、同僚の評価の信頼性は限定的であるという研究もある(Landy & Guion 1970, Mumford 1983)し、同僚の評価は、寛大になりがちで、フィードバックとしてしか使えないとされている(Farth,Cannelia & Bedian 1991)。
また部下からの評価に関しても,たくさんの研究結果があるが、マネジメントについてのフィードバックは効果があり、プア・マネジメントを強化することが認められている(Atwater 1995,Reilly 1996, Smither 1995, Walker 1997)。また部下の評価は、その上司の上位者からの評価と高い相関を持つとも指摘されている(Furham 1994, Riggio 1992)。つまり、部下の評価は、かなり信頼の置けるもので、パワフルなフィードバックになるということがいえる。
人事評価における行動インタビューの意義
行動インタビューは、米国においてかなり研究が進んでおり、また産業・組織心理学のテキストでもかなりの紙幅を割いて解説されている。アーモッドのテキストでは、16の章のうち、半分を人事心理学、半分を組織心理学としているが、前半八つの章のうち、三つの章を選考(employee selection)に当てている。もちろん適性試験というアセスメントツールもあるが、山場は選考インタビューになっている。フェッツエル編のテキストは、5部構成になっており、最初は職務分析だが、中心になってくるのはインタビュー技法になる。
いかなる人事評価制度であっても、評価者として主要な役割を果たすのは直属の上司である。上司である管理者にとって、部下との日常的な話し合いはそのパフォーマンスを把握するうえで意義がある。部下の数が増えていけばなおのこと、より短い話し合いから的確に業績を評価し、その問題点をつかむ方法、すなわち評価インタビューの技法は、評価の項目や基準以上に重要な意味を持ってくる。
さらに、直属上司以外の上位者が被評価者を評価するには、人づてに聞いた情報から判断するか、その人が作り出した成果をみるか、直接会って話をするかになってくる。噂での評価には問題があるし、その人名義になっている成果(売り上げなどの実績)も本人の寄与度がいかほどなのか確認を要する。直接面談ならより短い時間という制約で、スキルの把握、業績ないし成果の行動的側面などを的確に把握できることが望ましい。端的にいえば、評価インタビューは、実際のパフォーマンス(業績ないし成果)の発揮プロセスに焦点が当てられることになり、それは評価の妥当性を高めるうえで重要となる。
こうした必要性は今日ますます高まっており、外部からの人材採用の技法として発達してきた手法を内部展開のアセスメント技法として研究していくことは決定的に重要となってきている。社内で行われているインタビューのクオリティーがまさしく評価制度のコアであるとさえいえる。
日本における実務的展開の可能性
360度フィードバックは、何のためにやるかといえば、給与などの処遇を決定するためではなく、「気付き」のための仕組みであり、米国のテキストにも処遇決定の仕組みとしてではなく、鏡を見せて振り返らせ、それによってパフォーマンスを改善することが何よりも大きなねらいであるとされている。その場合、各評価者が率直にありのままの評価を行うことが仕組みを効果的にするうえで不可欠である。
ところが、日本においては、評価をすると、直ちにそれを昇給や賞与の算定根拠に結び付けようとする性急さが目立つ。それによって処遇が決まるとなれば、評価する側もありのままに評価することにはなりにくい。そのことは米国でも指摘されている。同僚の評価は寛大で、その効果も信頼性も限定的であり、むしろ部下からの評価に踏み切れるかどうかにこの仕組みの成否がかかっている。しかし、下位者からとやかくいわれることへの抵抗は非常に強い。寛大にしか評価しない同僚の評価を加えても、悪しき行動は改まらずディレールメント(キャリアからの脱線崩落)を阻止できないかもしれない。
ある大手電機メーカーで多額の費用と日数を割いて採用・登用すべき人材要件を作ったという。それによって明らかになったのは、イニシアティブとバイタリティーのある人材は活躍しているということだったという。しかし、いかにも常識的な結論であって先験的に分かりそうなことであり、ほとんど何の付加価値もない。むしろ、どのようにイニシアティブを測るか、どの程度それを発揮していればパフォーマンスと関係するのかを測定することがより重要である。しかし、多くの企業におけるコンピテンシーへの取り組みはこの例に近い。
自己評価を含む多面評価においては、質問票の作成は心理測定の知識を必要とする。質問文の出来不出来が生命線であり、例えば、積極性を測るのに「あなたは積極的ですか」と聞くこと自体がお粗末である。自然と回答していくと、ねらっている項目が評定できるかが重要である。質問項目が有効に作られているかどうかは、信頼性と妥当性の観点から心理統計的にチェックしないといけない。そうなってくると、自社で開発することはかなり困難となってくる。結局、すでに検証を十分に終えた既製ツールを使うことがより適切になってくる。
平たくいえば、やる気があって一生懸命で協力して仕事する人かどうかを測るのがアセスメントツールになっている。コンピテンシーは、それをイニシアティブ、達成志向性、コラボレーション、チームワーク力などと気取って表現したものにすぎない。気の利いた表現は、組織内で普及・浸透させるうえで大切である。しかし、的確に測定できてこそ、人事マネジメントのツールとなることはいうまでもない。ある外資系生保で採用の際、高業績者および離職者についての特性を加味して採用したところ、新規採用者のパフォーマンスが数十%上昇した。この場合のポイントは測定可能性である。
今日の人事評価の位置付けは、能力開発や処遇決定などさまざまな目的を果たすものとなっている。しかし、低業績(ローパフォーマンス)や問題行動を見つめる視線は一層強くなっている。目標管理による業績評価は、多くの場合、年俸制とともに導入され、結果を中心にその成果・業績を厳しく問いただすものとなっている。そこに気付きと振り返りの仕組みである360度フィードバックをどう併用すればいいだろうか。ギリシア時代の弾劾投票を彷彿とさせる。オストラコン(Ostracon)と呼ばれる牡蠣の一種の貝殻に追放したい人物名を記し、一定期間追放したとされるオストラシズムがあった。しかし、評価は弾劾裁判ではなく、ポジティブにその人によりよくなってほしいという思いも込めて実施されるべきだろう(文中敬称略)。
参考文献(文中紹介を除く)
①Michael Aamodt “Applied Industrial/Organizational Psychology Third Edition” Brooks 1999
②Dick Grote “The Complete Guide to Performance Appraisal” Amacom 1996
③Deborah Whetzel “Applied Measurement Methods in Industrial Psychology” Davies Black 1997
④Mark Edwards and Ann Ewen “360°Feedback” Amacom 1996
⑤Walter Tornow et al “Maximizing the Value of 360-Degree Feedback” Jossey-Bass 1997
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