株式会社JEXS
 ◆中国における地方公務員-その就業意識 Regional public officers in China:The consciousness against work and career

Ⅰ 問題意識

改革開放が急速に進む中、中国経済は過熱している。90年代半ば以降の果てしない不況にあえぐ日本からは一定の羨望のまなざしが向けられるものの、足を運ぶ人たちにはその経済成長の危うさ、経済成長の負の側面が体感される。急激な開発による環境破壊や、会計制度の未整備に伴うバブル崩壊の懸念など近年では中国経済に対する負のイメージのほうがむしろ強調されるようになってきている。その背景ではあまり知られることはないが、国有企業のリストラがすさまじい勢いで進められるなど中国国内の産業構造にてこ入れがなされ、雇用体系は急ピッチで変容してきている。そうした中、大卒若年層に人気の地方公務員の試験は年々難化しているという。

中国地方都市、と言っても、北京や上海を除く諸都市は基本的に地方都市であると考えるが、そこでの公務員の社会的地位は極めて高い。時に法治国家ではなく人治国家とも言われる中国では公務員の自由裁量は大きく、表面上の報酬(現金給与と社会保険に相当するもの)には現れない、見えざる「報酬」がある。その全容に迫るのは困難であるが、中国地方公務員に何らかの接近をしてみたいというのが本研究の問題意識である。

労働経済学または経営学の観点から、日本との比較において先進国を取り上げた研究は莫大なものがあるが、中国に関するものは極めて少ない。1つにはローデータが非常に少ないことである。もちろん、中国にも統計があるが、上からの調査と下からの調査がかなり食い違うことがあるとされ、調査分析はまだやりにくい。まして公務員に関する処遇の実態、その意識がどうなっているかについては、中国共産党が情報開示を禁じていることから、調査を行なうことは基本的に難しい 。本調査に関しても調査対象先の依頼で、対象となった組織を明確化できない。


Ⅱ 調査の概要

調査票は150枚を用意し配布したが、その回収は101枚、回収率は67.3%だった。調査票は調査について合意を得た責任者に手渡しし、その翌日には回収するというスピーディなものだった。しかし、離れている市に関しては郵送して調査票を日本に国際郵便で送ってもらうという方法をとらざるを得なかった。有効回答は81枚で、無回答のもの、同一の番号にのみ回答しているもの、明らかに同一人物が作為的に記入したものなどが散見したが、いずれも無効とした。

また各地の組織で昇進意識に関してインタビュー調査を行なった。また日本の人事部長に相当する組織部長からは人事制度に関してもインタビューを行なうことができた 。


Ⅲ 調査の結果

1.組織コミットメント
組織コミットメントに関する15の設問についてプロマックス回転を伴う主因子法による探索的因子分析を行なったところ、5つの因子解を得たが、4因子解で確証的因子分析を行ない、表1のようになった。因子はそれぞれ、職務満足、規範的コミットメント、終身的コミットメント、継続的コミットメントと命名された。信頼性係数は十分に高かった。

この因子構造の特徴は、「仕事への没入感」がないことである。中国地方公務員の日常を見ても、熱心に仕事はするが、仕事に追われ、生活を忘れるということはない。その意味でも実態に合った構造となっている。

次に組織コミットメントに関してクラスター分析(Ward法、平方ユークリッド距離、平均値を1として標準化、階層数6)を行なったところ、表2のようになった。算出された数字を全体平均で割り返して各値を標準化したのが表3である。各階層にはその特徴に従ってタイプ名がつけられた。

2.性格類型

性格類型に関する24の設問 に関して、バリマックス回転を伴う主因子法による確証的因子分析を行なったところ(固有値.6以上)、7つの因子解が得られた。因子はそれぞれ、自己統制性、開放性、内向性、自己信頼性、情緒安定性、神経症傾向、協調性と命名された。信頼性係数は.7を超えており、概ね高かったが、情緒安定性に関して.630とやや低く、協調性に関しては.556とやや不十分な値となった。これらの変数に関してはそのまま採用して分析することにした。

性格類型についてクラスター分析(Ward法、平方ユークリッド距離、平均値を1として標準化、階層数7)を行ない、さらに各タイプの性格特性を偏差値で表示したものが表5である。これによると、81人の公務員にも性格の違いがかなりあることが読み取れる。

3.バーンアウト

バーンアウト尺度(MBI) の設問について、バリマックス回転を伴う主因子法による確証的因子分析(因子数3)を行なったところ、表6のようになった。因子はそれぞれ、脱人格化、個人的達成感、情緒的消耗感と命名された。信頼性係数はいずれも十分に高かった。中国の調査結果の平均は比較的良好で、日本における調査と比較すると、働きやすいという結果が確認された。

4.性格タイプとバーンアウト

性格タイプとバーンアウトの関係を確認するために性格タイプを独立変数にし、バーンアウトの下位尺度を従属変数にして平均値を求めたところ、表7のようになった。これを図にしたところ(図2)、性格タイプによってバーンアウトの状態が異なることが明らかになった。

5.組織コミットメントと性格特性

組織コミットメントによるタイプ分けによって性格特性がどのように異なるかを確認するために各タイプを独立変数にし、性格特性を従属変数にして平均値を求め、さらに偏差値を計算したのが表8である。これによると、職務満足高位群では、自己統制性、内向性、神経症傾向がやや高い。組織コミットメント高位群では、開放性、自己信頼性、情緒安定性が高く、神経症傾向が低い。組織しがみつき群では、自己信頼性が顕著に低い。

6.組織コミットメントのタイプと昇進意識

組織コミットメントによるタイプ分けと昇進意識を整理したのが表9である。これは各タイプを独立変数にし、昇進が決まる要因に関する設問への回答を従属変数として平均値を求め、全体平均で百分率を算出したものである。職務満足高位群では、普段からの努力、本人の努力、能力などが重視される一方で、運や普段接している人からの助力はやや低い。組織定着志向低位群では、能力や昇進の難易度、不意の助力が顕著に低い。ある意味で昇進に対する諦観があるようにも読める。組織コミットメント高位群では、能力、昇進の難易度、不意の助力が重視され、運は軽視されている。しっかりとやっていれば、見ている人は見ているし、自分の仕事ぶりは正当に評価されているという信頼感がある。組織しがみつき群では、普段からの努力、昇進試験などの準備のための努力はほとんど報われず、能力があっても関係ない、不意の助力も期待できないという絶望感がある。


Ⅳ 討論と考察

本研究論文は、2007年9月に行なわれた中国福建省地方政府において実施された調査の一部を紹介したものである。調査に当たっては九州大学大学院経済学府の留学生である蔡賢達氏の協力を得て質問紙調査の企画、翻訳を事前に行ない、また現地での通訳をお願いして各地を訪問し、調査を進めた。中国共産党地方支部の関係者にも接触を持ったが、詳しい身分は伏せておきたい。

本研究は主に質問紙調査の結果を紹介しているが、かいつまんで言うと、中国地方公務員はおおらかに仕事をしており、いきいきとしているし、やりがいも感じている。それはバーンアウト尺度による比較を見れば明らかである。日本で介護士のバーンアウト調査を行なったが、その際、情緒的消耗感に関してはかなり高いと感じたが、一般的な大企業サラリーマンは個人的達成感でさらに低いように思われる。また組織コミットメントでは3つの特徴を読み取ることができる。1つは中国における二極化現象である。日本における調査ではこのような二極化は顕著ではなかった。もう1つは仕事への没入感が中国にないことである。これに対して、日本の大企業ホワイトカラーでは多少ともこのような没入感がある。また中国においては少数派のしがみつき群が日本では多数派であることである。これは労働市場の問題もあるかもしれないし、経済発展に対する期待に対する差なのかもしれない。

本研究は中国地方政府で活躍する公務員に関する実態調査としては先駆けとなるものである。公務員に関する法律や制度面での研究はそれなりに展開されているし、公務員組織や企業組織がどうあるべきかの議論は重厚になされている。しかし、それらはどこまで続けても現実を明らかにすることはない。またこれだけ経済発展が瞠目されているのに、中国経済の実相に迫った経済学的ないし経営学的な研究はほとんどない。本研究は追加的に行なわれる多変量解析およびインタビュー結果のとりまとめと共に示され、本邦初の中国に関連した実証的な人事労務管理研究になると考える。


【表1】 組織コミットメントの因子分析

【表2】 組織コミットメントのクラスター分析

【表3】 組織コミットメントの類型

【図1】 組織コミットメントの類型

【表4】 性格類型の因子分析

【表5】 性格類型のタイプ分け

【表6】 バーンアウト尺度の因子分析

【表7】 性格タイプとバーンアウト

【図2】 性格タイプとバーンアウトの状態

【表8】 組織コミットメントと性格特性

【表9】 組織コミットメントのタイプと昇進意識

【表10】 昇進意識に関する相関行列



参考文献

小野宗利(2007)「介護職の人事・組織論的研究」九州大学大学院学位請求論文
久保真人(2004)『バーンアウトの心理学』サイエンス社
永井隆雄・小野宗利(2007)「高齢者介護職のバーンアウトと離職行動」社会政策学会誌掲載予定
Maslach, C., & Jackson, S.E. (1981) Maslach Burnout Inventory Manual. Consulting Psychologits Press, Inc.
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